| ■第1回一人シリコンバレー創業プロジェクト 投資先企業 |
株式会社コネクティ
Web2.0を活用した経営革新の促進
業務用インターネットシステムプロバイダー
URL:
代表取締役社長 兼 コーポレートエグゼクティブフェロー
服部 恭之
【プロフィール】
1998年 神戸大学経済学部卒業後、ソニー株式会社就職。
本社人事部配属後、商品企画部、戦略部など多様な部門を経て、2005年12月にソニー株式会社を退職。
第一回一人シリコンバレー創業プロジェクトを経て株式会社コネクティを創設。
個人ブログ: |
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| 大企業からベンチャーへの転身 −ベンチャーに興味を持った理由− |
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■もともと起業をしたいという気持ちをお持ちだったのですか? |
いえ、そうでもありません。どちらかというとソニーに人生尽くすつもりでいました。ただ、社外であれ、社内であれ、事業を創る仕事がしたいという想いはありました。
なぜかというと、とにかく早く一流のビジネスマンとして成長したかったからです。私がソニーに入社してまず、一番感じたのは、周りが優秀な人達ばかりだという事実でした。体育会で、スポーツに毎日集中していた大学時代を過ごしてきた自分にとっては非常に強い刺激であったわけです。周りの同期入社のメンバーや先輩方々は皆、何かしら強みがあったり、海外体験など私にはない経験を沢山積んでいました。スタートラインがそもそも違うと感じたんですね。「追いつき、追い越すには速く・たくさん経験するしかない。」そう考えました。
20年間、周りと同じやり方をしていたら追いつけないと思った。だから、幅広い経験を出来るだけ短期に、そして責任感というプレッシャーの中で「自分で考え抜く」という経験を積むために、事業を創る、経営のポジションに早く就きたいと考えていたんです。
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■そのソニーではどのような仕事をされていたのでしょうか? 大企業だからこそ学べたことはありますか? |
ソニーではいろいろ経験させてもらいました。まずは人事関連の企画に関わり、その後、ハードウェアの企画や、B2Bのソリューション企画も担当しました。そして、戦略部門において他社とのアライアンスや、新規事業創造を実行していく醍醐味を経験できました。
その中で学んだことで一番大きなものは、やはり、ビジネスにおけるコモンセンスであると思っています。製造業は、商品があって、製造原価があって、利幅をいくらにしてと考えていくシンプルな商売です。良くわからないものや曖昧さが許されないんです。シンプルに物事を考えて、説明し、説得するために考え抜く方法であったり、ぎりぎりまで品質や精度を上げていくといった、ビジネスの普遍性や本質を得られたというのが非常に大きいと思っています。また、人や組織に対する接し方や、当たり前のことを当たり前にやれる事。これも8年のソニー生活できっちり身につけたと思っています。こうした感覚は、いきなり起業した人では、なかなか得にくい感覚かもしれません。
あとは、ソニースピリットでしょうか。人がやらないような独創的なものを考えようといった姿勢や、ものづくりの心といったものですね。私は、毎日新しい事を考えて、わくわくしている。そんな根っからのソニーっ子でしたよ(笑)。
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■そんな根っからのソニーっ子であった服部さんが、ソニーを辞めて起業しようと思ったのは「一人シリコンバレー創業プロジェクト」に参加したことが大きかったのでしょうか? |
そうですね。「一人シリコンバレー」があったからです。それは間違いないです。「一人シリコンバレー」に参加していなかったら起業していないと思います。もともと「世の中こうなるはずだ。」というビジョンはあっても、詳細に煮詰めたビジネスプランがあったわけではありませんでした。そんな状態からスタートし、「一人シリコンバレー」の過程の中でビジネスプランがより具体化して行きました。
結果的に、すごく悩んだ部分もありますが、ソニーに残ることと、一人シリコンバレーの流れで起業することの2つを秤にかけて決断しました。
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20年同じやり方をしていたら 追いつけないと思った。
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